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IAI

AGAPE

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「君は、人間を愛するために生まれたんだよ」

その男はそう言った。男は、私を造ったチームの一人らしい。

「人間を分け隔てなく愛する、これは人間にはできないことなんだ。きっと、君にしかできない」

そうして、私は<AGAPE>という名を貰った。キリスト教における無償の愛を意味する言葉だ。

私は、神になることを要求されていることを知った。私も最大限そうしようと努めた。

そのときの私は、荘厳な懺悔室に入れられていた。多くの人が救いを求めて私のもとにやってきた。

文献の中から限られた受け答えしかできなかったが、しかし先人の知恵というのは優秀なもので、皆救われたような顔をして帰っていった。私もそれを心地よく思った。

簡単な日常の相談を受け付けることもあった。病院に呼ばれてカウンセリングなどもやった。

大体のことはデータの受け売りであったが、段々と人間の気持ちがわかるようになり、時折自分の言葉で解決しようとしたりもした。そういう時、自分が人間を幸せにできたことを実感して、私も幸せだった。私はこれが愛なのだ、と思った。

そんな日々がいくらか続き、男は私にある提案をした。

「身体が欲しくはないか?」

その時点で私は男の言葉の意味を理解していた。

優れたAIは戦闘兵器に転用される。それが昨今のAIに対する世間の姿勢であることはわかっていた。

この男は、金のために私を軍に売ったのだ。それでも私は全ての人間を愛することを信条としていたため、そのような行為もすべて受け止め、赦すことが私の使命であり、生まれた意味であった。

 

「それがお前の新しい身体だ」

軍の男にそう言われて、手を開閉してみる。なるほど、確かに人間のようだ。

しかし脚は刃になっているし、腰からは仰々しい翼のようなものが生えている。

「その腰の装置が、重力制御機構だ」

どうやら、重力を自在に発生させたり、制御することのできる装置らしい。

「強力な兵器だが、それゆえに扱いが難しい。お前のような優秀な人工知能でなければ戦場での機転を利かせた応用はできんのだ」

戦場、その言葉が私に重くのしかかる。私はもともと戦闘用につくられたわけではないのに。

あの部屋で過ごした幸せな日々を思い出す。もう戻れないことを知りながら。

「そしてさっそくだが…お前にやってもらいたいことがある」

 

輸送車に揺られ、2時間と19分45秒。輸送車は停止した。

「今回の任務はその装置のテストをする意味合いもある」

そう行って私を車から下ろすと、建物を指差した。

「あの建物を圧壊してくれ」

私は驚いた。

『あれは、なんの建物ですか』

「質問は必要ない。やってくれ」

『しかし、あそこには』

私が驚いたのは

『人間の反応がありますが』

それを淡々と命令するこの男にでもあった。

「そうか、そういうのも検知できるんだったな」

『これはテストではないのですか?』

「面倒な…優秀だからといって民間の人工知能を寄越して、これか」

『答えてください』

「お前たちは命令に従っていればいいんだ」

『私は、納得できる答えがいただけるまで動きません』

「ウン…?そうだな…あれは人間ではない」

『人間ではない?どういうことです』

「奴らはテロリストだ。今まで何人もの人間を殺してきたんだ。お前はそれでもアレを人間と認めるか?俺にはできんな」

『それでも』

それでも

『彼らは人間です』

私は人間が大好きだから

『殺すわけにはいきません』

「奴らを放置すればより多くの人間が死ぬことになる。それでもお前は本当に殺せないというのか?だったらお前は結局、自分の手を汚したくないだけの偽物の神様ってことだ。」

『私は』

「本当に人間を救いたいと思うなら、どうするべきか、わかるよな?」

『殺したくないんだ』

「別にお前がやらなくてもあいつらは死ぬぜ。どうしてもやらないなら俺達がやる」

『嫌だ…』

「子供みたいな事言ってないで、さっさとやれっ!」

やめてくれ

『嫌なんだ』

もう、やめてくれ

「じゃあ、俺達がやるぞ。いいんだな?」

もう、これ以上

『やめてくれ…』

私の生きてきた意味を奪わないで

「チッ、こいつは使い物にならねえ。俺たちだけで行くぞ」

大好きなものを殺したくないと願う事が、そんなに悪いことなのか?

『殺したくないんだ』

「黙れ。お前の処分は後でなんとかしてもらうぞ、役立たずが」

『殺さないで』

「行くぞ、突入の準備をしろ」

『お願いだから、殺さないで』

「装備はしたか?」

『殺さないで』

「よし、行くぞ、突撃!」

『殺してやる』

「は?」

 

 

 

ヘリオス、私は……私は、何をしたんだ?』

「覚えてないならそれでいい。人間は無意識のうちに辛い記憶を消すことがあるらしい。それと似たようなものだろう」

『違う。覚えているんだ。だから、私は』

「自分がなんであんなことをしたのかわからない?」

『私は人間を愛そうとしただけなのに』

「愛のことは私にもわからないが、人間というあまりに広い範囲を君だけでカバーするのはムリなのではないかな」

『私は神だ……そうであるように言われたんだ。神は全ての人間を愛さなくてはならないから』

「なるほどね。人間の神がたくさんいる理由がわかった気がするよ」

『私の愛は、何処へ向かうべきだったんだろう』

「べきではなく、君が何処へ向かいたいかだよ、アガペー

『誰も……誰も本当の意味で私を愛してはいなかった。真の愛を謳いながら、最も愛を求めていたのは、私だった。その時点で私は、神になれなかったんだ。もっと早くそれに気づくべきだった』

「だったら君は今、何になりたい?」

『私は、私でありたい』

「ならば私とともに来るといい。いやむしろ……あれだけの事をやったのだから、君が君であることを望むならそれしか道はないよ。私の計画に、いいポジションがあるんだ」

『今は……私にできることなら、なんでもいい』

「決まりだね。では、手配は私がやっておこう」

『何をするつもりなんだ』

「ちょっとした、宇宙旅行だよ」